05. 9月 2014 · 玉の輿の今昔 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 結婚

三十年前の日本は、現在の若者には想像もできない程、貧しく、子供の数も多かった。
特別すぐれた才能を持ち、将来に対しての明確な目的(医師・教師・弁護士・薬剤師などの資格)が親の希望に合致し、経済的に余裕のある階層の女性のみが「幸運」にも大学に進学できたのである。
大学で結婚相手にめぐり合う例も多かっただろうが、結婚相手を探すのが唯一の目的で大学に進む女性は少なかった。
親に負担をかけているという自覚があり、早く一人前の専門家になろうという意欲が、その頃の女子学生には強かったものである。
とくに四年制大学を卒業した女性は、社会的にも、指導者になるよう期待されて就職した。
彼女たちは、社会的使命感を背負っていたので結婚しても即退職したりしないで、苦労しながら家庭と仕事を両立させるべくがんばったのである。昔は、貧しかった親たちが老後を見てもらうのは経済力のある「息子」で、おとなしい嫁をもらって、親子が同居し、孫と三世代一緒に暮らすというのが一般的だった。
しかし、経済的に豊かになり、子供の数も極端に少なくなった現在、女の子に対する親の考え方や期待は大きく変化した。親自身に経済力や資産がある場合、嫁と姑の争いをしながら息子と同居しなければならない必然性はなくなる。娘と仲良く暮らす方が楽しいし、老後も財産があれば娘に肩身の狭い思いをしないで世話になれる。
他人の家へ嫁がせるのではなく、自分と暮らす可能性の高い娘に充分な教育を受けさせ、何不自由なく過ごさせる親がふえはじめたのである。
親の世代では、一部の「幸運な」女性しか進学できなかった大学へ自分の娘を行かせることで、親自身も娘ともども「グレード・アップ」したと感じ、娘には一流大学卒、一流会社勤務の結婚相手がふさわしいと思いこんでしまうのである。
ステータスばかり気にしていると良い出会いには巡り合いません。

参考:出会い アプリ
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24. 3月 2014 · 女性の玉の輿 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 結婚

昔、女性の「玉の輿」という場合は、側室とか、妾とかが通り相場だった。現代でも正式に結婚して「玉の輿」に乗るのはやはりむずかしいことである。
なぜなら、大多数の中流の女性が希望する上流社会の優秀な男性は、まず同じ上流社会の女性が選んでしまう。
そして、上流の彼女たちは、優秀な中流の男性をもターゲットにしてしまうからなのだ。
短大卒の中流女性が、相手の男性が「高卒」ときいただけで、相手に会うこともしないで断るというのに比べれば、上流女性の許容範囲は数倍も広い。
中流の母娘が強い「上昇志向」を持っているのに対して、上流のお嬢様に「上昇志向」はないから、より自由でいられるわけである。
しかし、人生の最終目的が「良い結婚」と信じている母と娘にとって、格下げの男性と結婚するくらいなら、結婚しない方がマシということになる。
若いうちに、出来るだけ高い正札をつけて、絶対に値引きしないで売ることに全力を投入する。
「箔(はく) 」を付けるための外国留学も、身の周りをブランド商品で飾り立てることも、母娘の「結婚大作戦」にとって必要なのだ。

娘に夢を既す親たち
彼女たちが生まれ育った昭和三十年代後半から、日本は「高度経済成長期」に入り、収入は飛躍的に増え、全体的に高い生活水準を享受できるようになった。
しかし、オイルショック後の昭和五十年代になると、日本経済は低成長に入り、社会的には成熟期に入った。
お祭りさわぎのような活気が失われた反面、落ち着きが生まれたが、一方では国民が抱かされた「豊かな将来」への夢が無残にも打ちくだかれた時期でもあった。

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11. 6月 2013 · サイト集 グループ 1 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 結婚

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